靴磨き

今日は議会の本会議場で一日過ごした。

昨日の夜に靴磨きをした。

やっぱり本会議場へ行くからなのか、しっかりと靴を磨いて行きたかった。

それだけで一日気分も違う。効果は絶大。

腰痛は今日も続いたが、少しはましになってる。少しだけど。

話は変わるが、最近は写真を撮るのにハマっている。

やたら撮らないんだけど、アンテナははってて突然、撮ったりする。

あっ、これ撮らなきゃってなるのが自分でも面白い。

ipodはそういう時の相棒。綺麗に取れるので気に入っている。

なんてことないんだけども、そんな感覚が嬉しい。

そういう時は自分でも大好きな写真が撮れたりして。

新しいブログの空の写真もそんな感じで、

街灯の入り方が気に入っているし、光の加減も気に入っている。

パジャマ

最近はパジャマで寝ている。

これまではあまり寝るときの服装、

気にしていなかった。

スェットやジャージで寝てた。

パジャマにしてしばらく経過した感想は

やはりよく寝れていると感じる。

かなり健康には良いと思われる。

ゆったりめのサイズで身体にいい。

最近になって眼鏡をしているけれども

段々身体の変調を感じるようになって、

自分のためにケアできるものはしたほうが

良いと感じ出した。

職業柄か目を使う仕事だから

目はケアする必要がある。というか感じる。

サングラスもファッションじゃなくて

必要性を感じて運転中つけてる。

でも一番悪いのは深夜の深酒だろうな。

クリスマスイブの普通の日

今日はクリスマスイブ。

昔はすごいイベントの日でしたが、

今はなんか普通に仕事の日です。

年末の忙しさに追われています。

それはそうと報道ステーションが終わるらしい。

報道としては偏ってるなぁと

いつも感じさせる番組だけにほっとした感もある。

やっぱり人選かなぁ偏ってるのは。

サンデーモーニング、news23も同じだけど。

これらの番組に新たな視点は感じてなかった。

でもそういった思考の人たちの考えることが

よくわかるいい面もある。

民意って色んな考えの人がいるので

偏ってると思う僕の意見も偏ってるでしょうし。

表現の自由、報道の自由という大看板が

現代は幅をきかせている。

それはそれで良いと思う、否定も出来ない。

否定できないけども自由には責任もともなうことも

付け加えたいと思う。

しかし、偏った報道について

保守的な人たちが問題視するのは良くわかる。

でも、国民のほうもしっかり自分の考えがあるわけで

ある程度大人には問題ないと思う。

偏った報道であれば「いや違うだろ。」と

思うだけだし、中立性のない報道は信頼感も薄くなる。

昔ほど報道番組に説得力がなくなっていると

僕らの世代は感じている。

学生運動世代が現役引退前に必死なだけだ。

無責任な責任論に終始している。

子供たちへの影響はどうなんだろうか?

それは気になるところだなぁ。

読書の秋

最近はめっきり秋っぽい。

読書の秋とかっていうけども、

最近は読書量もかなり減った。

視力も落ちて眼鏡なのもあるんでしょうが、

文庫本の字が辛くなってきている。

これからは単行本か?

最近の本は単行本にしても装丁が少し残念。

それに比べて昔の本は豪華に作ってるなぁと思う。

会社の技術書を2冊、装丁をリメイクしてくれる業者さんに

出したら、すごく綺麗に豪華になって帰ってきた。

数千円だった。

装丁を自分でも出来ないかと思い、

色々調べて道具も揃えようかと一時期考えてましたが

手先に自信が無く断念したことがあった。

僕の持ってる本で好みの装丁にしてみたいなぁ。

革張りで昔の百科事典みたいなのが好みだ。

新たな年

新しい年が明けた。

僕の心は色んなことで一杯になってる。

燃える気持ち、不安な気持ち、

怖いけど自信も入り混じっている。

45歳の色んな挑戦って30代の時とは違っている。

しかし、挑戦できること自体幸せだと思う。

選挙もそうだけども、音楽もそうだ。

年齢とともに音楽的に欲も出てくるけども、

それを捨てる勇気も必要になってきてる。

それがいやらしさになってしまう。

でもそれを考えすぎると一音も出せなくなる。

悶絶し、探りながら曲を書く。

それがまた面白かったりするのが不思議。

2007年にも感じた感覚。

一年のイメージができない、そんな新年を迎えた。

グーグーだって猫であるを観て

今日はテレビで

「グーグーだって猫である」を観た。

第一話から観てたんだけれどもとても後味の良い番組だ。

wowowはもう契約止めようかなぁと思う頃にいいドラマ

やってたりするので続けてしまう。

宮沢りえさん、本当にいい女優さんです。

出てくる猫、アメリカンショートヘアー。

昔実家で飼ってました。

旅行から帰ると待ってたみたいに亡くなって。

家族に押し寄せる風を一人で代わりに受けてくれていた。

家族は皆そう思っていて、未だに心に残っています。

名前は「永吉」

「グーグーだって猫である」来週で最終話。

もっと続けて欲しかったなー。

こんなFM番組が聴きたい

僕が音楽を始めたのは中学生の頃。

貸しレコード屋さん、ジャケ買いなどで

音楽ソースを得ていたんですが。

高校生になるともっぱらFM番組だった。

でもね、放送局が増えてきたこともあって

番組も変わっていく頃だった。

僕のイメージでは落ち着いた番組が多かった所に

番組も増えてガチャガチャしてきた感じだった。

それでもやはりAMラジオとの差別化はできていたと思うのです。

最近はFM番組もトークが多くなってきているんですが、

その内容がどうなんだろうかという不満もあるわけです。

昨日どうしたとか、何食べたとか、皆さんどうですか、とか。

僕が関西人だからか、トークなら芸人さんが面白いわけで、

それなら早くなんか曲かけてよ、って思ってしまう。

じっくり音楽番組なんかもやっぱり欲しいのです。

一人のアーティストを時系列でじっくり扱うような番組。

一人のプロデューサーに絞ってもいいし。

そのアーティストがどんな音楽に影響受けて音楽を始めたとか

このアルバムを出したときはどうだったとか、時代背景とか

そのときのプロデューサーは誰でどんなエピソードがあったとか、

どんどん掘り下げていく、

そしてそのアーティストに影響を受けた人とかのエピソードなり

そういうのをトークで織り交ぜながら曲をかけていく番組を

聴きたい。

せわしない番組も経営上、必要だとは思うのですが、

曲も途中でフェードアウトしてCM入ったりは「えー!」って

思うことも多いのです。

あとね、かける曲が画一的なんです。同じ曲を違う放送局でも

かけてる。曲のヘビーローテーションってどうなのかなぁ。

全てはこの放送局のこの番組から始まった!みたいな事を

もっと企てて欲しい。

どの様に音楽と向き合うのかリスナーも含めて深めていける。

そんな可能性があると思う。

アーティストの楽曲にかける想い、情熱を余すことなく

リスナーに伝えることは大変意義のあることだと思うなぁ。

ピースのデザインが変わった!

最近、たばこのケースのデザインが変わった。

僕はピーススーパーライトを吸っている。

そのデザインが変わったのです。

前のデザインのほうが僕は好き。

あの白と紺のコントラストが気に入っていた。が、

しかたないな。デザインはいつか変わるものだと思う。

↓こんなの

ちょっと慣れるまで時間かかると思う。

しかし、たばこはまた値上がった。またか…。

やめれない僕としては受け入れるしかないのだけども。

これからの人は吸わない方がいいとアドバイスしたい。

僕みたいに何度も禁煙に挑戦して挫折しないように。

40代の音楽事情

コンビニでトイレ待ちしてチラッと雑誌を

立ち読み。あまり行儀よくないですが。

我々40代の音楽事情について書いてる記事を読んだ。

我々40代はバブル期に流行した画一的な音楽趣向から

脱却できていない傾向があるらしい。

最近そういう懐メロCDも売れているとのこと。

僕はそれでも音楽を聴こうというだけいい事だと思う。

そこを入り口として、洋楽でも最近のバンドでも、

聴き始めたらいいなぁと思うわけです。

探せば日本にはいいミュージシャン、いい音楽が沢山あります。

メディアが取り上げるアーティストだけが全てではないので、

もしそれに満足できないと思ったら、

受身にならず探して欲しいなぁと思います。

やはり年齢がある程度いくとメディアが売り込む音楽では

物足りなくなるとは思う。

いつしか

土屋アンナさんの舞台が中止になったニュース見た。

制作者側が原作?原案かの作品の著者から許可もらわずに

進めていた事に抗議してのという流れのニュースだ。

土屋アンナさんはそういう仕事はできないという事だろう。

三流の仕事はできないという事だ。

詳細については解らないが、皆がハッピーな状況を

制作側が構築出来ていない事だけは確かだ。

関わった人々全てがつまらない仕事を進めていたことになる。

こういう舞台に関わる人達って、音楽も同じだけども

儲かる仕事だからという事だけで志したのではないように思う。

始めはもっと夢をもって入り込んで、色んな人との出会いなんかもあって

仕事になっていったと思いたい。

音楽でもそうだけども、売れる曲書かなくてはいけない。

それはそうだけども、自分の音楽で売れないと意味ない。

音楽だけでなくクリエイターを生業とするなら、

お金もほしいが、まずクリエイターとしての自分を守ることだ。

そうでないなら、他の仕事した方がいいと思うんだ。

社会に良い影響は無いからだ。

仕事って尊いものだけども、どんな職種かというよりも

どんな想いで仕事に向かい合っているかの方が大切だ。

職種が学校の先生ならOKなのか。

大手企業に勤めていたらOKなのか。

政治家ならOKなのか。

それぞれの仕事でどう取り組んでいるか、何をしてきたかが

大切であることは確かだろう。

仕事上、未熟さから起こる問題もあるだろう、

だが確信犯ではいけない。

またそういう状況を誘発させる組織やシステムにも

問題があるのかもしれない。

またそれとは別に

真白な所から生み出された著作や音楽などに対して

資本力をバックに、使ってやっているという風潮は

化学肥料ばかりを投入して作物を作り続けるようなものだ。

いつしか土地は枯れ果ててしまう。

自分たちの首を絞め続けている事に気付くべきだろう。

とか今日は色々と思ってしまった。